大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)1051号 判決

上告上

木崎虎次郎

右訴訟代理人

鈴木右平

右訴訟復代理人

藤井富弘

被上告人

高橋謙治郎

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人鈴木右平の上告理由第一点について。

代物弁済が債務消滅の効力を生ずるには、債務者が本来の給付に代えてなす他の給付を現実に実行することを要し、単に代りの給付をなすことを債権者に約すのみでは足りず、従つて他の給付が不動産の所有権を移転する場合においては、当事者がその意思表示をなすのみでは足りず登記その他引渡行為を終了し、法律行為が当事者間のみならず、第三者に対する関係においても全く完了したときでなければ代物弁済は成立しないと解すべきである(大正六年八月二二日大審院判決民録二三輯下一二九三頁)。

しかるに、原判決は、本件について控訴人(被上告人)が被控訴人(上告人)に対し、本件金銭消費賃借契約に基づく債務の履行を担保する趣旨のもとに、万一その履行を怠つたときは、改めて意思表示をするまでもなく、その履行に代えて控訴人所有の本件山林の所有権を被控訴人に移転し、その旨の登記手続をすることを約した事実、右金銭消費賃借の債務の履行期が到来しても、控訴人がこれを弁済しなかつた事実、従つて、控訴人が被控訴人に本件山林の所有権を移転する条件が成就した事実を各確定しただけで、被控訴人に対する山林の所有権移転登記その他引渡行為の完了した事実を確定することなく、本件金銭消費賃借に基づく債務は右山林の代物弁済により消滅した旨判示しているのである。しからば、原判決には代物弁済についての法理の解釈適用を誤つた違法があるというべく、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。(裁判長裁判官長部謹吾 裁判官入江俊郎 松田二郎 岩田誠)

上告代理人鈴木右平の上告理由

第一点 原判決に「判決ニ影響ヲ及ホスコト明ナル法令ノ違背」がある。(民訴第三九四条)

一 民法第四八二条が規定する代物弁済の要件。

民法第四八二条が規定する所謂代物弁済は「本来の給付に代えて他の給付を為すことによつて債権を消滅させる債権者と弁済者との契約である」とされている。

(我妻栄著債権総論一四九頁以下)

(法律学全集20有斐閣於保不二雄著債権総論三五八頁以下)

右契約は特殊な要物かつ有償契約であるとされている。又代物弁済によつて債権が消滅するのは弁済とは異り、債権が実現されたからでなく、当事者間の契約の効力によるものであると謂われている。

そこで最も注目すべきことは「代物弁済」が成立しなければ「債務の消滅」は在り得ないということである。

しかして代物弁済の成立には次の四点が充たされねばならぬとされている。

(前掲於保不二雄三六一頁)

(1) 「債権の存在」

代物弁済は債権の消滅を目的とするから、債権が存在しないときは非債弁済となる。

(2) 「本来の給付と異る他の給付」

本来の給付と異る他の給付は、その種類を問わないが、単なる給付の約束のみではたりない。他の給付が現実にされることを要するとされている。

即ち、債務者のなす他の給付が不動産所有権の移転である場合には「登記その他の引渡行為が完了しなければ代物弁済は成立しないとされている。

(大審大六年(オ)第五七〇号、同六、八、二二判決民録二三の一二九三頁)

(大審昭一九年(オ)第八一六号、同二〇、六、二〇判決)

(3) 「弁済に代えて」なすこと。

手形振出しに関して、又更改に連して論議される問題である。

(4) 「債権者の承諾」あること。

代物弁済は債権者と弁済者との契約である限りは右は理の当然と解される。

(前掲於保不二雄債権総論三六一頁以下)

二 原判決は本件「代物弁済」が完全に成立していると認定し、次の如く説明している。

(1) 「債権の存在」について。

当事者間に争いがない。

(判決書二枚目理由冒頭)

(2) 当事者間に「停止条件付代物弁済」の契約が成立したとして、(判決書二枚目裏一行目以下)

(イ) 「成立に争いのない甲第一号証の一および当審控訴本人尋問の結果を総合すると」。

(以上を証拠として)

(ロ)「控訴人(被上告人)は被控訴人)上告人に対し、右債務の履行を担保する趣旨のもとに、万一右貸金の返済を怠つたときは、あらためて意思表示をするまでもなく、当然にその履行に代えて控訴人所有の山林(地番、地積 省略)の所有権を被控訴人に移転し、その旨の登記手続を経由する旨を約した」。

(以上は停止条件付代物弁済契約成立の認定、右につき第二点において詳説する)

(3) 「停止条件付代物弁済」契約の「条件が成就した」として。

判決書二枚目裏七行目以下

(イ) 「前記貸金の弁済期が到来したが控訴人はこれを弁済できなかつたこと、したがつて右期限を徒過したことにより、貸金の弁済に代え、右山林を被控訴人に譲渡すべき条件は成就したものである」。と結んでいる。

(ロ) そして、被控訴人(上告人)の主張を排斥した上、「してみると前記貸金債務は前記山林の代物弁済により消滅したものとみるべきである」。と結論を結んでいる。

(判決所三枚目表六行目以下)

三 原判決の民法第四八二条の解釈の誤りについて。

右判決が前述の結論を出すに当つて次の点(登記の点、引渡の点)を充分考えた上であるとせば、原判決は民法の第四八二条の解釈を誤つた違法があるものと解せざるを得ぬ。

即ち民法第四八二条の所謂代物弁済は要物契約であり、「債務者の為す他の給付が不動産所有権の移転である場合には登記その他の引渡行為が完了しなければならない」とするのが学説判例の一致した解釈である。

右に対し本件では、

(1) 被上告人(控訴人)が為すべき給付である「山林の所有権移転」についてその「移転登記」が完了していない。右の事実は被上告人(控訴人)も之を認めている処である。

(控訴人高橋謙次郎供述調書参照)且又本件山林は債務者被上告人の所有物件として(登記簿による)山形地方裁判所昭和三六年(ケ)第五一号不動産競売事件で競売となり、そして昭和三十六年八月三十一日においてその競落代金が上告人に配当されていることは争う余地がない。

(甲第一号証の二、甲第二号証)

右二点からして本件山林については上告人に「所有権移転の登記」が為されていないことは極めて明瞭である。

(2) 次に本件山林について被上告人から上告人に対し「引渡」が為されていないことも明らかである。

右は上告人提出の昭和三四年(ト)第二号不動産仮処分決定正本(乙第四号証)並に同じく被上告人提出の昭和三五年(ト)第四四号仮処分決定正本(乙第五号証)において、前者の主文「その他一切の処分禁止」事項と後者の主文「本件不動産(別紙物件目録記載の土地)に対する被申請人(上告人)の占有を解いてこれを申請(上告人)の委任する山形地方裁判所執行吏の保管に移す」との条項からして本件「山林の占有」は被上告にあつて上告人には移つていなかつたことも、これまた明らかな事実である。

以上の如く本件山林について代物弁済として必要な「引渡」もまた「移転登記」も為されていない。それに拘らず原判決は「停止条件付代物弁済」契約の「条件が成就した」と判断したことは後述の理由不備に非らずんば「民法第四八二条の解釈を誤つたもの」と解せざるを得ぬ。

そして右の誤り解釈は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は正に破棄を免れざるべきものと信ずる。<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例